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室生寺の軍荼利明王石仏
BS-TBS「奈良ふしぎ旅図鑑」今週のテーマは室生寺の弥勒堂でした。弥勒堂は去年5月9日の記事「回想の室生寺 昭和52年冬の風景」で書いています。45年前に室生路を旅したときのことを思い起こして書いたものでした。あれから室生寺には一度も行っていません。当時とはちがっているという弥勒堂内部の様子が見られるのは嬉しいことでした。それとひょっとするとあの石仏が見られるかもしれないという淡い期待もありました。そうです、鎮守社拝殿横の軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)の石仏です。背景にちらっと写り込んでいるだけでもいいんだけどな、と思いました。でも鎮守社は金堂下の広場、弥勒堂の対面にあるのでその可能性は高くはありません。
室生口大野かと思われる宇陀市、室生寺の仁王門、本堂である灌頂堂、五重塔、鎧坂、金堂、弥勒堂が簡単な説明とともに映ります。そして映像は弥勒堂の内部へと変わる。ご本尊は1メートルほどの小柄な弥勒菩薩立像ですが天平初期のカヤの一木造りで頭でっかちながら檀像風の精緻な彫刻が重要文化財になっています。おもしろかったのはご本尊の前に小梅を載せた大きなお饅頭みたいなものがふたつ並べてお供えのように置いてあったことで、番組ではなんの紹介もありませんでしたが、実はこれは布で作って綿を入れて膨らませたおっぱいで確か以前は弥勒堂の壁に掛けてありました。なんでお寺にそんなものがあるのかというと室生寺が女人高野だからでお乳がよく出ますようにという願いを込めて奉納されたものです。それはともかく、ご本尊の弥勒菩薩像について案内役の若い坊さんが右膝が前にわずか突き出ていることが特徴だと話します。衆生救済のために一歩踏み出そうとしている姿だというのですが映像ではそう言われてみればそうかなというほど微妙でよくわかりませんでした。ここで終わりです。CMまで含めて6分ほどですからどちらかというと、こんなところがあるよ、行ってみたらいかが、という導入の番組です。やはり軍荼利明王の石仏はまったく映っていませんでした。
メインテーマのあとはおまけでその付近のお店などが紹介されるのが番組の決まりです。どうせ今回は橋本屋旅館だろうと思っていたら・・・、ああ・・ああ・・、と思わず声が出てというのは軍荼利明王の石仏が映ったんです。軍荼利明王像は像高90センチほどですがやや横長の自然石の向かって右寄りに彫られていて左横には四角の窪み中に「煩悩即菩提 生死即涅槃(ぼんのうそくぼだい しょうじそくねはん)」と文字が刻まれています。カメラはそのまま鎮守社へ行くのかと思ったら軍荼利明王のクローズアップになって、あああ、ああああ、と自然に声がだんだん大きくなっていきました。しっかり見せてくれました。ぼくが「回想の無室生寺 昭和52年冬の風景」で指摘していた腕の数にまで触れていたのには興奮してもう嬉しいのなんのって、あああああの声が止まりません。長生きしてよかったと思いました。そんな大袈裟な、長生きしてよかっただなんて言い過ぎだよ、まだそんな年でもなし、それにそこまで言えばかえってしらける。いいえ、お大袈裟でもなんでもありません、実際そうでした。それくらい嬉しかったんです。ただ横に彫られている「煩悩即菩提 生死即涅槃」の文言に触れていなかったのはちょっと手抜きに思えました。ぼくはこの文言は日本の仏教の人間観を現わしていると思っています。すなわち人が生きていることそのものが悟りであると・・・。
ちなみに本来八本腕の軍荼利明王がこの石仏はなぜか腕が十本になっているその理由について番組ではわからないと言っていました。たぶん作者の勘違いでしょう、数え方を間違えたんだ、とぼくは思います。つまり作者は胸の前で交差する二本の腕を含まないと思っていたんだと思います。もし完成後に、ああ、しまった、腕が多すぎた、と数が違うことに気がつけば余計な二本を削り落とせば済むことで、でもそれをしなかったのは、はじめから腕の数を勘違していたのでしょう。
軍荼利明王の石仏はぼくが前に見たときよりさらに苔生していました。いい感じ。あれから45年か、そろそろ半世紀、ぼくも長生きしているなぁ・・・。それと閼伽棚と賽銭箱がしつられていて待遇が良くなっています。テレビでも紹介されるし、いやぁこの石仏も有名になったもんだ、しかし残念、ぼくの目には閼伽棚と賽銭箱が残念で、余計なことをしている、と見えてしまいます。
いや、しかし、本当にすばらしい仏像です。こういう石仏を観るのが本当の仏像ファン。思いがけずテレビで見られるなんて長生きして本当に良かった。この人、まだ言ってるよ・・・。 2026年2月26日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)
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